そもそも凱旋門って何? 凱旋門で一番有名!パリのエトワール凱旋門

2020年7月13日

皆さんが「凱旋門」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、「花の都」パリのエトワール凱旋門ではないでしょうか。凱旋門と呼ばれる建築物は世界中にたくさんありますが、その中でも最も有名といえるエトワール凱旋門。今回はエトワール凱旋門の名前の由来や歴史、見どころについて紹介します。

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凱旋門とは

そもそも、凱旋門とは何なのでしょうか。

Wikipediaによると、

軍事的勝利を讃え、その勝利をもたらした将軍や国家元首や軍隊が凱旋式を行う記念のために作られた門。発祥の歴史は古代ローマ時代まで遡る。現存する古代ローマの凱旋門は多数あるが、壊されたり、別の建物の建材になったりしたため、完全な形で残っているものは少ない。凱旋「門」となってはいるが、古代ローマでは都市城壁や城門とは独立して建てられた記念碑的建造物であった。

Wikipedia 凱旋門

つまり、戦争に勝った記念に造った記念碑ですね。

エトワール凱旋門も例外ではなく、戦争に勝った記念に造られました。

そして、建設はかの有名なフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトによる命だとご存知でしたか?

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エトワール凱旋門とは

1805年、ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍は、ロシア・オーストリア連合軍との戦いである、アウステルリッツの戦いに勝利しました。その記念にエトワール凱旋門は建てられたのです。

アウステルリッツの戦いの翌年である1806年に建設が始まります。しかし、建設中である1821年にナポレオン・ボナパルトは亡くなってしまい、完成した姿を見ることはできませんでした。そして、1836年、30年の年月をかけて高さ50m、幅45m、奥行き22mの凱旋門が完成しました。

エトワール凱旋門はシャンゼリゼ大通りの西端、シャルル・ド・ゴール広場にあります。もともと、この広場はエトワール広場と呼ばれていました。これは、パリの街を地図上で見ると、この広場(凱旋門)を中心に12本の通りが放射状に延びており、その形が星(フランス語でエトワール)のように見えることから、そう呼ばれていたそうです。これが、エトワール凱旋門の名の由来となっています。

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パリにある凱旋門はエトワール凱旋門だけではない!

カルーゼル凱旋門

パリにはナポレオン・ボナパルトが建設を命じた凱旋門がもう1つあるのをご存知でしょうか。

カルーゼル凱旋門です。

カルーゼル凱旋門はルーヴル美術館とチュイルリー庭園の間にあるカルーゼル広場にあります。

高さは19mであり、約50mあるエトワール凱旋門に比べると小さいです。

エトワール凱旋門の建設開始と同じ年である1806年に建設が開始されました。同年ではあるものの、ナポレオン・ボナパルトは勝利の記念碑としてを造るよう命じたカルーゼル凱旋門が小さく不満であったため、後にエトワール凱旋門の建設を命じました。

大きさからも想像がつきますが、30年も建設に要したエトワール凱旋門に対し、カルーゼル凱旋門は2年後の1808年に完成しています。

カルーゼル凱旋門は小さめですが、美しく優美な門ですよ。ナポレオンは贅沢ですね。

見どころ

ここからは少しだけ見どころを紹介していきます。

レリーフ

凱旋門の4つの面には10の彫刻があります。これらは、ナポレオンの偉業をテーマとして掘られています。

無名戦士の墓

門の下には第1次世界大戦で戦死した人々のお墓があります。

下から見た凱旋門

下から見るとこんな感じです。

凱旋門上からの景色

有料ですが、展望台に上るときれいな景色が見えます。

まとめ

今回はパリの人気観光スポットであるエトワール凱旋門について紹介しました。

実際に行って見てみると、その大きさと迫力に圧倒されます。

是非いってみてください!!

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