違法建築!? 世界遺産の登録は一部!? 見どころも紹介! バルセロナの人気観光スポット サグラダ・ファミリア

2020年7月13日

サグラダ・ファミリアはスペインのバルセロナにあるカトリックの教会堂です。正式名称はカタルーニャ語でTemple Expiatori de la Sagrada Família(サグラダ・ファミリア贖罪聖堂)です。サグラダ・ファミリアを日本語訳にすると聖家族となります。ここでいう聖家族は、イエス・キリストと聖母マリア、イエスの養父でマリアの夫の聖ヨセフのことです。

サグラダ・ファミリアはスペインを代表する観光スポットであり、2004年の統計ではスペインで最も観光客の訪れたモニュメントという結果が出ています。また、2005年にはサグラダ・ファミリアの生誕のファサードと地下聖堂が「アントニ・ガウディの作品群」として世界遺産に登録されています。

スポンサーリンク

サグラダ・ファミリアの歴史

初代建築家はガウディではなかった

サグラダ・ファミリアは民間カトリック団体のサン・ホセ協会の発足者であるジョセフ・マリア・ボカベラにより建設が発案されました。そして、自ら無報酬で設計を申し出た初代建築家フランシスコ・ビリャールのデザインをもとに、寄付によって建設資金を募り、1882年の3月19日に着工されました。しかし、意見の対立からビリャールは1883年にサグラダ・ファミリアの建築家を辞任してしまいます。そこで、2代目建築家として就任したのがアントニ・ガウディだったのです。

スポンサーリンク

難航した建設

ガウディはサグラダ・ファミリアの建築プラン、デザインを一から作り直し、設計を変更しました。ガウディは、サグラダ・ファミリアの建築を引き受けてから最初の数十年は、グエル公園、カサ・ミラ、カサ・バトリョなど、複数の設計プロジェクトを並行して行っていましたが、1914年からはサグラダ・ファミリアの建設のみに専念します。しかし、建設の財源は信者からの寄進でまかなう贖罪聖堂であったため、資金難から工事は順調には進みませんでした。そして、1926年、ガウディは路面電車にひかれて亡くなってしまいます。ガウディが生前に実現したのは世界遺産に登録されている生誕のファサード、地下聖堂など、全体の4分の1未満でした。1936年にはスペインで内戦が起こり、ガウディによるサグラダ・ファミリアの設計図や模型といった資料はほとんど失われてしまいます。これにより、サグラダ・ファミリアの建設は中断されてしまいました。

建設の再開と技術の発展

ガウディによるサグラダ・ファミリアの資料が失われたことにより、ガウディの構想を完全に実現することは不可能となり、サグラダ・ファミリアの建設を続けるべきかという議論がなされました。しかし、職人による口伝えや、残ったわずかな資料をもとに、ガウディの設計構想を推測しながら建設することとなり、1950年に建設工事が再開されました。

1990年代には観光収入の増加により、建設資金の収入が好転し、なかなか進まなかった工事が順調に進むようになります。また、コンピュータを使用した設計システムの発展により、建築速度が急激に加速します。20世紀初頭には完成には数百年かかると言われていましたが、現在では、ガウディの没後100周年にあたる2026年に完成予定となっています。

サグラダ・ファミリアは違法建築物だった

サグラダ・ファミリアは100年以上建設が続けられているのに、2018年まで建築許可の下りていない違法建築物だったのです。サグラダ・ファミリアの建築許可が得られたのは実に133年ぶりのことだったそうです。

いったいどういうことなのでしょうか。

ガウディは1885年にサグラダ・ファミリアの建設場所にあたる、当時独立した街だったサン・マルティー地区から建築許可を得ていました。しかし、その後サン・マルティー地区はバルセロナに吸収併合されます。この際に必要な建築許可の更新を行っていなかったそうです。そして2018年、バルセロナ市とサグラダ・ファミリアの理事会の協議の結果、教会が約46億8000万円を10年間かけて支払うことで建築許可が得られたそうです。

世界遺産

サグラダ・ファミリアは「アント二・ガウディの作品群」として2005年に世界遺産に登録されています。

しかし、この遺産は最初、1984年に登録されたものとなっています。つまり、最初の登録の時点ではサグラダ・ファミリアは構成資産ではなかったのです。

「アントニガウディの作品群」はまず、1984年に「バルセロナのグエル公園、グエル邸、カサ・ミラ」としてグエル公園、グエル邸、カサ・ミラが世界遺産に登録されました。その後、2005年に「バルセロナのグエル公園、グエル邸、カサ・ミラ」の登録範囲拡大が行われ、サグラダ・ファミリアの生誕のファサードと地下聖堂や、カサ・バトリョが登録され、「アントニ・ガウディの作品群」と登録名も変更されました。ちなみに、サグラダ・ファミリアは教会全体の登録はされていません。現在はガウディが手掛けた、「生誕のファサード」と「地下聖堂」のみの登録となっています。

登録基準は

(1)人類の創造的な表現が示されている傑作

(2)文化的な価値観の交流が示されている

(4)歴史的に重要な建築様式、建築物群、科学技術の発展、または景観を代表する優れた例である

となっています。

サグラダ・ファミリアの見どころ

ここからは、世界遺産に登録されている「生誕のファサード」や「地下聖堂」はもちろん、他にも見どころである「受難のファサード」や「聖堂内部」についても紹介していきます。

スポンサーリンク

生誕のファサード

サグラダ・ファミリアの北東側の入り口に当たるのは、ガウディが設計を行い、世界遺産にも登録されている「生誕のファサード」です。生誕のファサードでは、キリストの生誕から初めて説教を行うまでの物語が表現された彫刻が彫られています。

生誕のファサードは3つの門からなり、建物左側はヨセフを象徴する「希望の門」、建物真ん中はイエスを象徴する「愛徳の門」、建物右側は聖母マリアを象徴する「信仰の門」、となっています。愛徳の門では受胎告知やキリストの誕生の彫刻、信仰の門ではイエスの洗礼の彫刻、希望の門ではローマ兵による幼児虐殺や聖家族のエジプト逃避の彫刻などが装飾されています。

受難のファサード

サグラダ・ファミリアの南西側の入り口にあたるのが「受難のファサード」です。受難のファサードには、キリストの受難から死、復活までの3日間を表した彫刻が飾られています。最後の晩餐やユダの接吻、ペテロの否定、キリストの磔刑、イエスの復活、イエスの昇天などの彫刻が装飾されています。ガウディが手掛けた生誕のファザードとは異なり、直線的かつ現代的なデザインが特徴的となっています。

サグラダ・ファミリアの魔方陣
福音の扉

受難のファサードにはサグラダ・ファミリアの魔方陣や、新約聖書からイエスの生涯最後の2日間について8000時を抜粋した福音の扉なども見ることができます。

聖堂内部

サグラダ・ファミリアの聖堂内部は、壁は美しいステンドグラスに埋め尽くされ、天井は波打つような不思議な模様、それを支える迫力ある白い柱など、神秘的な空間となっています。

ステンドグラス

ステンドグラスは西側は赤やオレンジ、東側は青や緑となっています。差し込む光で輝くステンドグラスの美しさは圧巻です。

天井

天井は殉教者の象徴である棕櫚の葉をモチーフにしています。棕櫚の葉のようにトゲが波打つ感じが表現されています。スペインの街の紋章や成人の紋章がはめ込まれています。天井は最も高いところで60mもあります。

柱はヤシの木をモチーフに大理石で造られたものです。聖人の紋章などの装飾が施されています。

主祭壇の上には十字架にかけられたキリストの像が飾られています。キリストの身体を表すパンを作る麦や、血を表すブドウの房などに囲まれています。

地下聖堂

ガウディが設計し、世界遺産にも登録されている地下聖堂です。地下聖堂は主祭壇の下にあり、ガウディの墓があります。地下聖堂の様子は主祭壇の後ろのガラス窓から見ることができます。また、ミサが行われていない時間帯は一般公開さているため、出入りすることも可能です。

まとめ

サグラダ・ファミリアの歴史やファサード、聖堂内部などについて紹介しました!

サグラダ・ファミリアの初代建築家がガウディではなかったことや、違法建築物であったことなど、紆余曲折を経てあのような素晴らしい建築物が建っているのですね。

完成予定は2026年で、今よりも高さがかなり増すそうなので、楽しみです。

はやく完成した姿を見たいですね!

にほんブログ村 旅行ブログ 世界遺産へ

スポンサーリンク